中央大学附属中学校・高等学校

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高2教養総合Ⅰ トランスサイエンス(福島) 実地調査

2019/10/31

10/22~24にかけて、教養総合Ⅰ(トランスサイエンス ~フクシマとオキナワを通して近代科学を考える~)は福島県へ実地調査に行ってきました。

 

1日目

まずは上野駅から郡山へ向かい、いわきヘリテージツーリズム協議会の熊澤幹夫さんの案内で、常磐炭坑や選炭工場の跡を歩きながら、炭鉱のしくみについて学びました。露頭している炭層から直接石炭を取り出したり、実際に炭化カルシウムと水を反応させて坑内で使われていたアセチレンランプをつけてみたり、実物のダイナマイトを触ってみたりと貴重な体験をすることができました。宿泊先のスパリゾートハワイアンズでは、常磐興産(株)顧問の坂本征夫さんから、炭鉱業から観光業への転換で何が行われたか、実際にその歴史に携わってきた立場からお話しいただきました。その後、元東京電力社員で、震災時は福島第二原発で勤務されていた吉川彰浩さんにジオラマを使いながら原発や廃炉に関するお話を分かりやすくしていただきました。時間が過ぎた後も質問をし続ける生徒の姿が印象的でした。

 

2日目

この日はメインの福島第二原子力発電所構内の見学です。厳重な本人確認、セキュリティチェック(全部で5つのゲートをくぐりました)を受けたのち、核燃料プールの見学や原子炉格納容器の見学、原子炉とタービン建屋を結ぶ途中にある巨大な主蒸気隔離弁(MSIV)や原子炉直下の格納容器の見学などを行い、原子炉や構内の大きさを実際に体感しました。また、津波に襲われた非常用電源設備があるタービン建屋や震災後に作られた防波堤の見学も行いました。見学後は福島第二原発副所長の吉田薫さんをはじめ、東電社員の方たちと活発な質疑応答が行われました。

午後は原発事故の影響で生じた遊休農地を利用して建てられた富岡復興メガソーラSAKURAを見学し、再生可能エネルギーの現状について、お話を伺いました。その後、避難指示が解除された地域と帰還困難区域に道路一本を隔てて分断されている富岡町夜の森地区を実際に歩きました。最後に東京電力の廃炉資料館で廃炉作業の進捗状況について学んだあと、国道6号線に沿って帰還困難区域を通過しました。沿道の家屋や店舗の入り口にはバリケードが設置され、8年間時が止まった光景が広がっていました。宿舎は仮設住宅を移設し、リニューアルしたいこいの村なみえです。夕食後1日の振り返りをしながら、論点を出す作業を行いました。

 

3日目

最終日は、国の調査で8割以上の町民が「戻らない」「まだ判断がつかない」と答えている浪江駅前のフィールドワークから始まりました。まず、まちづくりなみえの菅野孝明さんの案内で、ところどころ8年間放置されている家屋が残るものの、更地がめだつ街の中を歩きました。次に津波で壊滅的な被害を受けただけでなく、震災の翌日に原発事故による避難指示が出され、まだ助けを求めていた人々を救出することができず、結果的に見殺しにせざるをえなかったという浪江町請戸地区を歩きました。さらに、こうした物語を紙芝居で伝える活動をされている浪江まち物語つたえ隊の岡洋子さんと八島妃彩さんの紙芝居を見たのちに、昼食をとりながら対話形式で福島の食や風評被害についての話をしました(この様子はNHK福島放送局の取材を受けました)。

午後は飯館村に移動し、前原子力規制委員会委員長の田中俊一さんから、原発事故の状況と放射能汚染、原発の新規制基準、廃炉、日本のエネルギー政策など様々な観点から科学者としてお話しいただきました。生徒からはトリチウム水の安全性に関する質問や原発政策とマスコミについてなど活発な質疑応答が行われました。その後、3日間の行程をふりかえり、各班ごとに論点を発表いたしました。

 

この3日間、どこでどれだけの線量の被曝をしたか、可視化したうえで記録できるよう生徒たちには線量計を4台持ってもらいました。累積被曝量は最大で10.0μSv=0.01mSvとなりました(平均累積被曝量は7.6μSv)。これはちょうど歯のレントゲン1回分と同じ量の被曝をしたこととなります。また最大瞬間被曝量は、原子炉格納容器直下に入ったときの36.0μSvでした(実際に格納容器直下に入ったのは3分間程度となります)。

この旅行は同行していただいた福島県庁佐藤良作さん、ならびに福島県観光物産交流協会の大関秀樹さんのご協力なしには企画することができませんでした。改めて深く感謝申し上げたうえで、現地で学んだことを今後の事後学習に生かすことができればと考えております。ありがとうございました。(文責:引率教員 川北慧)