中央大学附属中学校・高等学校

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NEWS & TOPICS

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高2教養総合Ⅰ トランスサイエンス(沖縄) 実地調査

2020/01/06

12/21~25にかけて、教養総合Ⅰ(トランスサイエンス ~フクシマとオキナワを通して近代科学を考える~)は10月に福島県で行った実地調査に続き、沖縄県へ実地調査に行ってきました。

 

1日目

那覇空港に到着した後は、奥武山公園で2日間お世話になるファシリテーターの学生と合流し、アブチラガマへ向かいました。アブチラガマは、日本軍・沖縄守備軍・住民の軍官民が共生共死した場所となります。1学期に軍・官・民がどのように「科学」を創ることによって総力戦体制が可能となったのかということを学んだ私たちにとって、興味深い場所でした。ガマの中では、日本軍の兵士として中国戦線で戦ったのち、沖縄に派遣された日比野勝廣さんの証言に基づいてお話を伺いました。

次にひめゆり平和祈念資料館では、「ひめゆり学徒」という抽象的な視点からではなく、個人の視点から「科学技術総力戦体制」が作られ、どのように破綻していったか学ぶために、「ひめゆり学徒の友達を作ろう」というワークショップを行いました。

その後、ひめゆり学徒の解散命令が出されたのちに、多くの方が命を落とした沖縄本島最南端の荒崎海岸に向かいました。ここでは、宮城喜久子さんの証言にもとづき、実際にどのようなことが起こったのか、ひめゆり学徒・日本兵・住民の立場に班ごとに分かれ、現場で再現を行いました。実際に岩に隠れたうえで、米兵の呼びかけに投降した場合も、無視した場合も待っているものは「死」であることを体感しました。これら2本のワークショップをふまえ、ホテルについてからは、1日を通して感じたこと、考えたことを班ごとにふりかえりました。

 

2日目

午前中は、沖縄県立平和祈念資料館と平和の礎で「ガイド実践」のワークショップを行いました。これは、実際にどのようにすれば平和を創っていくことができるのだろうか、二度と同じ過ちを繰り返さないためにはどうすればよいのだろうかという問いをふまえ、まずは自分たちが平和の担い手となり、他者に「伝える」という経験をするワークショップです。生徒は、まず平和の礎に刻まれた方の情報を調べ、その方の人生を語ることによって、他の生徒に戦争とは何かを伝えます。こうした実践を通して、生徒たちは他者に伝えることの難しさを体感したようでした。

午後は、嘉数高台で米軍に破壊されたトーチカを見学し、基地というものが「抑止力」ではなく「攻撃対象」として扱われるということを学びました。また高台の上から普天間基地を見学し、オスプレイの飛行ルートを確認しました。その後に、フェンスのすぐ隣の上大謝名公民館と上大謝名さくら公園を見学し、基地内にある墓地や住民が基地と隣接して生活している実態を学びました。公民館で行われた振り返りでは、沖縄戦と軍官民共生共死、基地問題と経済、平和教育のあり方の3グループに分かれ、学びを深めました。

 

3日目

午前は、那覇から辺野古へ向かい、まず土砂投入が行われている様子を見学しました。次に辺野古の集落を歩きながら、辺野古という街がどのように作られ、200軒のバーが立ち並んでいたベトナム戦争の頃を経て、現在集落はどのようになっているか、実際に歩きながら体感しました。その後、辺野古への基地建設がもたらされたときに反対運動を始めた住民団体「命を守る会」初代会長の西川征夫さん、条件付きで容認の立場をとる元商工会会長の飯田昭夫さん、自民党の青年部長として県知事選挙に関わった嘉陽宗一郎さんにお話を伺いました。基地建設に反対・容認の立場の住民が同時に対談を行うことは珍しく、当日はNHK沖縄、琉球放送、沖縄タイムス、琉球新報の取材が入りました。多くのメディアに囲まれつつ、生徒たちは多くの質問を投げかけていました。

当日の取材は現在Yahooニュースに掲載されています

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191227-00514709-okinawat-oki

午後は大浦湾でシーカヤックに乗り、埋め立て工事が行われている現場に近づきつつ、沖縄の自然を満喫しました。また「ジュゴンの見える丘」では、地元瀬嵩の住民の方から、人間と自然がどのように共生してきたか、生物多様性はなぜ大切なのかというお話を伺いました。ホテルに着くころにはクタクタでしたが、生徒たちは夜遅くまでフクシマとオキナワを比較しつつ、どのようにすればこの問題を伝えることができるか、真剣に話し合っていました。

  

 

4日目

午前中は、海洋博公園を歩きながら、どのように沖縄西海岸の開発・埋め立てが行われ、「沖縄イメージ」が作られたか、伊江島がスペクタクル化されたか学びました。また水族館では、昨日説明を受けたジュゴンとよく似たマナティの観察を行い、違いについて学びました。さらに海洋文化館では、海洋博覧会がどのようなオリエンタリズム的視点によって創られ、科学の力を用いたどのような「近未来」が展示されていたか、ソ連館の海底原子力発電所やアクアポリスの海洋牧場の展示などをふまえ、学びました。

午後は伊江島に渡り、伊江島で民泊をはじめられた山城克己さんからお話を伺いました。山城さんは伊江村議会議員や軍用地主会会長をされていたこともあり、生徒からは基地返還に関する質問が相次ぎました。その後生徒たちは、各家庭の下で魚釣りや牛の世話、サトウキビ収穫などの家業体験や平和学習を行いました。

 

5日目

午後、家業体験を終えた生徒は伊江港に戻ってきました。離村式後は、全てのご家庭が見送りに来てくださいました。生徒たちは、家族の姿が見えなくなるまで、手を振っていました。

その後、一路那覇へ向かい、シュガーローフヒルから那覇の街を一望しました。ここは沖縄戦の激戦区であり、日米合わせて5000名の方がなくなった場所です。戦後は長い間米軍基地として接収されていましたが、1987年に返還されました。返還前の経済効果は50億円ですが、現在は32倍の1600億円の経済効果がもたらされています。

その後は各自首里城を見学したり、国際通りを散策したりしながら、「沖縄のこれから」について考えました。