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「教養総合」で
アウシュヴィッツを訪れる

地歴公民科 山村 和世 地歴公民科 山村 和世

こんにちは、社会科教員の山村です。今回は、中附での「教養総合Ⅰ」の取り組みについて、私が担当している「中世都市クラクフとアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」を中心に、ご紹介したいと思います。

大学附属校である中附には、「教養総合」というユニークな授業があります。この授業では、英語や数学といった教科や科目の枠にとらわれることなく、ひとつの具体的な問題に対して、さまざまなアプローチが試みられています。大学受験にとらわれない附属校ならではのプログラムといえるでしょう。

しかも高校2年次の「教養総合Ⅰ」では、日本や世界のさまざまな現場をじっさいに訪れ、研究旅行のなかで学習するスタイルをとっています。教室のなかだけでは学べないことを学ぶ。ふだんの教科や科目の授業で別々に学んでいることをつなげて、ひとつのテーマを深めてみる。そして、その経験を高校3年次の「教養総合Ⅱ」および「卒業論文」の作成へとつなげていく。――こうした取り組みができるのが「教養総合」の授業なのです。

教養総合Ⅰでポーランド語を学ぶ

私が担当する教養総合Ⅰでは、毎年10月下旬におよそ70名の生徒とともに、東欧の国であるポーランドのクラクフを訪れています。おもな目的は、ヨーロッパ中世都市の魅力を味わうことと、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を見学すること、の二つです。

旅行を実りのあるものとするために、事前にさまざまな学習をして準備します。おなじ授業担当者の窪田史教諭(英語科)は、ポーランドでの短期留学経験をいかして、ポーランド語やポーランド文化を教えています。日本の学校で英語を勉強する機会はあっても、そのほかの外国語に触れる機会はそれほどないでしょう。英語とはすこし違うアルファベットに親しんでみたり、スラブ語系であるポーランド語を学んだりする体験は貴重なものです。

教室で学んだことを現地で実践してみるのも、教養総合Ⅰならではの楽しい体験です。クラクフの街角でDzień dobry(ジェイン・ドブリ、こんにちは)と挨拶すれば、現地の人も好意的に接してくれます。美味しいジャムの入ったポーランドのドーナツ(ポンチキ)を買ったら、お店の人に Dziękuję(ジンクイエ、ありがとう)とポーランド語で感謝を伝えてみるのもいいでしょう。こうしたコミュニケーションを通じて、外国語そのものへの関心が高まり、帰国後、英語学習にさらに身が入るようになった生徒も多くいます。

旧市街を行きかう馬車

ポンチキを買ってみる

ポーランド語での買い物

ヨーロッパの中世都市を歩く

高校の世界史の授業では、ヨーロッパ史についてたくさんのことを学びます。たとえば、中世ヨーロッパがキリスト教社会であること、ロマネスク様式やゴシック様式といった建築様式があること、など。しかし教養総合Ⅰでは、教室の外へと飛び出して、それらの知識を肌で感じる体験ができます。

クラクフの旧市街は、中世都市の魅力を身体でまるごと感じることができる場所です。街の中央に位置する聖マリア教会から鳴り響くラッパのメロディー、中央広場を行きかう馬車、壮麗なヴァヴェル城……。教会の内部に足を踏み入れれば、光輝くステンドグラスの美しさに息をのむことでしょう。そして、ルネサンス期に完成されたキリストの磔刑像の彫刻に一心に祈りを捧げる、現代ポーランド人の姿も目に映るかもしれません。

聖マリア教会の外観

聖マリア教会の内部

キリストの磔刑像

ここでは、世界史の授業で学んだ知識が、実感をともなって、生き生きと迫ってきます。たとえば、城壁で囲まれた中世都市を端から端まで歩いたら、どのくらいの大きさでしょうか。ぜひじっさいに確かめてみてください。中央広場には教会と旧市庁舎があり、中世当時の都市生活をしのばせます。広場から歩いて3分の場所には、地動説を唱えたコペルニクスが学んだクラクフ大学(ヤゲウォ大学)があり、キャンパスの重厚な雰囲気に圧倒されます。

このように、この授業ではポーランドという国を通して、世界史で学んだ知識を位置づけなおすことにも力を入れています。じっさい、訪れるどの場所にも、長い歴史が刻まれています。日本で元寇が襲来した13世紀、モンゴル軍はクラクフの街にもやってきました。18世紀後半にポーランドが分割された悲劇のなかで、音楽家ショパンはマズルカなどの多くの作曲をしています。これらの出来事に思いをめぐらせながら街を散策すれば、帰国してからの世界史の授業が特別なものとなることでしょう。

旧市街の街歩きを楽しむ

ヴァヴェル大聖堂にて

コペルニクス像

食文化も大事なテーマ

調べたことを発表する

教養総合Ⅰでは、自分なりのテーマを設定して調べ学習をおこない、外部に向けて発表する機会も設けています。

ヴィエリチカ岩塩坑は、探究テーマとしてとくにおすすめしたい場所です。この場所は1978年クラクフ歴史地区とともに、ユネスコの世界遺産の登録第一号となった文化遺産で、いわば元祖・世界遺産とよべる価値ある場所です。

ヴィエリチカ岩塩坑は奥深い地下空間となっており、驚くべきことに、床や天井、壁、シャンデリアにいたるまで、すべてが塩でできています。強い光を当てると、床や壁はすきとおって見えます。岩塩の影響で坑内の空気は澄んでおり、幻想的な美しさに満ちていて、ちょっとした非日常の気分を味わうことができます。

とても古い歴史や伝説に彩られた場所ですから、探究を深めるテーマには事欠きません。そして、このような空間がなぜ生まれたかを考察すれば、文化遺産への関心がサイエンスの問いへと結びついていくかもしれません。

授業後半では、このほかにも社会主義時代のポーランドや、ポーランドの食文化など、自分が関心をもったテーマを掘り下げ、ポスター発表につなげていくことで、学問的好奇心とともに「伝える力」を育んでいきます。

すべてが塩でできた地下空間

ヴィエリチカ岩塩坑

古城を探検

生徒の作成したポスター

答えが一つではない問い

教養総合Ⅰは希望制となっており、勉強したいテーマに応じて講座を選ぶことができます。この講座を選択した生徒に聞いてみると、「小学生の頃、『アンネの日記』で知ったアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所をぜひ訪れてみたかった」という答えがしばしば返ってきます。

アウシュヴィッツ強制収容所の門には、有名な「働けば自由になる」の標語が掲げられています。しかし、この門をくぐった収容者が生きて帰れたことはほぼなく、この場所ではホロコースト(ユダヤ人の絶滅政策)という、人類史上例をみない大きな悲劇が起こりました。生徒たちの感想を紹介します。

ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)

門をくぐり少し経つと、地面がとてもごつごつしていることに気づいた。汽車に乗せられ、何日も食事も食べられず、水も飲めず、風呂にも入れずに運ばれ、たどり着いたと思ったら、とても歩きにくい地面を歩かされ、どれだけ辛かっただろうか。何も罪を犯していない、ただ「ユダヤ人」というだけで、ひどい環境で働かされ、殺されてしまう。犠牲者の灰が入ったオブジェや、刈り取られた髪の毛を見たときには言葉が出てこなかった。

ビルケナウでは実際にユダヤ人の人々が寝泊まりしていた場所も見ました。木でできた普通の棚のようなところでした。しかし、寝泊まりするにはあまりにも寒すぎる場所でした。壁には落書きがびっしりと書いてありました。実際に昔ここにこれを書いた人がいたことを想像しました。

収容所を歩く

収容者のおびただしい靴

遺品の展示に見入る生徒たち

強制収容所への訪問は、私たちに多くのことを想像させ、また多くの問いを投げかけます。それらの問いは本質的なものであるほど「答えが一つではない問い」となっていきます。

たとえば、授業で取り上げる作品のひとつに、アウシュヴィッツからの生還者である思想家プリーモ・レーヴィの「グレイ・ゾーン(灰色の領域)」というエッセイがあります。そこで記されているのは、収容所の歴史が「犠牲者と迫害者という二つのブロックに還元されるものではなかった」という経験です。

それは次のようなことです。ホロコーストに加担した人たちは、たしかに犯罪者にはちがいありません。ところが、加害者のなかには、いつのまにか残虐な犯罪に手を染めることになった犠牲者側の人間もいました。ホロコーストの大量殺戮のシステムとは、物事をはっきり善悪に二分して理解できない、多面的で、複雑な、「答えが一つではない問い」を浮かび上がらせる、グレイ・ゾーンを基調とする経験だったとプリーモ・レーヴィは示唆します。

アウシュヴィッツ・ミュージアムでは、日本人公式ガイドの中谷剛さんからお話をうかがいます。「加害者と犠牲者との間のグレイ・ゾーン」というテーマが、なおも私たち自身の問題であることは、つぎの生徒の感想文からも見て取ることができます。

第二強制収容所(ビルケナウ)の「死の門」

第一収容所で一番印象に残っているのは、中谷さんの説明にあった、ユダヤ人出ていけ!というヘイトスピーチが過激になり、害虫出ていけ!というようになり、実際にチクロンBという殺虫剤の一種で人間を殺すようになったという、ホロコーストが起こるまでの流れだ。当時、先進国だったドイツ内で起こったことなのだから、もう二度とこのような歴史が繰り返されないとは言い切れないなと怖くなった。そのためにも現代に生きる私たちがこの歴史を真剣に学び、一人ひとりが傍観者にならないように気を付けなければならない。

アウシュヴィッツはいまも「過去の歴史」として片づけられない重みを持ちつづけています。教養総合Ⅰでは、ナチズムやホロコーストに関する映画作品を鑑賞するなどして、このような「答えが一つではない問い」についても考えていきます。それはけっして、ひとつの授業内で完結するような簡単なテーマではありません。生徒一人ひとりの、これからの人生において、いつまでも考えを深めていけるようなテーマを見つけること――これも教養総合のねらいのひとつです。

ガス室の前で中谷さんから話を聞く

※記事の内容は2019年10月現在のものです。